運の良し悪しも、また努力と辛抱の結果

しばしば私たちは「あの人は運が良い」とか「自分は運が悪い」といったような表現をします。

人の運勢について、三輪の大神様は

『人の運の良し悪しはあらかじめ決まっているものではない。しかし結果的に運が良い人と悪い人と分かれてしまうのは、誰しもに訪れる来たるべき良い運が訪れた時に、その運の波に乗れたか乗れないかである。そして、運が良い人は、その良い運の波に乗れる努力と辛抱をそれまでに持ち続けた人のことである。』

とおっしゃっています。

そもそも運の良し悪しというものは最初から決まっているものではありません。そしてすべての人に対して良い運が訪れる「タイミング」というものがあります。しかし、残念ながら良い運は自分が望んだタイミングで都合良く訪れるものではありません。

運の良い人は、そのいつ訪れるか分からない良い運が来るまで辛抱強く待ち、その間、我慢し努力を続けて準備をし、いよいよ良い運が訪れたときにはタイミングを誤らずにその運の波に乗ることが出来る人、もしくは出来た人のことを言います。

そのため、可能であれば、事前にその波がいつ来るか、そしてそれまでに何をしておくべきかなどを知っておくと、タイミングに合わせて良い運の波に乗ることが出来て、物事が好転していくきっかけへと繋がっていきます。そういう点においては、霊能者や占い師の本命はその良い運の波に乗るタイミングをお伝えするのが役割だと言っても過言はないでしょう。

しかし、何よりも一番大事なことは、来るべき良い運の波に備えて、それまであきらめずに「努力」と「辛抱」ができるかということにあります。いくら私たちが「いついつまでに努力して頑張れば良い方向に物事が進んでいく」と伝えても、本人が途中であきらめてしまったら良い運が訪れても乗る事はできません。良い運に乗るまであきらめずに「努力」と「辛抱」が出来るかどうかがが運の良し悪しの分かれ道なのです。

(終わり)

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